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Brunnensteinの日記

後期吐死課程を経て春から大学教員デビューの日常

修論発表終了

研究

発表が終わりました..
修論って何のために書くんだろう..
修士ってなんのためにあるんだろう..
私は博士にいくから一つのステップとして考えられるけど
博士からテーマ変わるし,
もう実験これいじょうしないし,自分の中での考察は終わってるし
投稿論文の方が大事だし..
ある程度以上完成度が高まってくると,これ以上頑張っても意味あんの?
とか思っちゃって.
ただの自己マン,教育されるための目的の微妙な頑張り,
4年の時は,研究をもっとしたい!!
って漠然と思うし,修士ってカッコイイ!みたいな意識があるけど,
みんな途中からある程度冷めてくるハズ.
特にプレゼンの準備,,
どうせ通過できるのに,
練習を重ねたりするだろうか..
私でさえこうなのに,修士で卒業する人たちなんかどうして頑張れるんだろう..
と思ってた.
特に自分は留年などをしたせいで冷めた視点だったのもあるのかも.
「修論発表は晴れ舞台」みたいな意識はほとんどなく..
だけど,誰一人適当な発表なんかないんだよね..
発表前はみんな緊張するし,
終わった後は質疑に後悔するし,
もっとちゃんとやっておけばよかったって思うんだよね..
私も緊張したし,当初適当に済まそうと思ってた自分を後悔して..
終わったあとはシンミリして,
みんなで,今までありがとう〜ありがとう〜〜
って言い合って,いい思い出に浸っていたら
感動してしまった..
そういえば学部はちゃんと研究しなかったかんじで、辛かったんだ。
色んなテーマに足を突っ込んだけど、
ちゃんと研究したなーと思える自分になれたのはこのテーマがはじめてだったんだ。
部活や修論など,営みに打ち込むことは理屈を超えたものなんだと思って反省した.
わたしのいままでダメだった姿勢がわかった。
何のためにやるとかじゃないんだな〜っておもった.
私の先生は,修論前はみんなピリピリするのが当然で
終わった気になってるような奴はすごくムカつくといっていた.
なんでだろ!?
と思ってたけど,私もすこしそっち側の人間に近づけたきがする〜.


私は研究室で言いたいこと何でも言ってて
研究で生きていきたいことも隠さず
物事の悪い面を指摘ばかりして
可愛くみられなくてもいいと思っていて
それでも仲良くしてもらえてたけど
内心,こんな女は嫁にしたくない系だと思われていると思っていた.
だけどうちの研究室の人たちはほんとに包容力があって..
女だからこうあるべきだ,,ってのがなくて
私を一人の人間として受け入れてくれてたな〜と思った.
最近自己嫌悪してばっかりだったけど
すっごく酔った同期が
私の性格を3点に分けて褒めてくれて,
本当に尊敬していると言ってくれて,
感動してしまった...
この人はほんと,人間関係を取り繕うための上滑りなこと,
言わない人なので..
こんなに私の存在を暖かい目で見てくれる同級生がかつていただろうか..
あとは大学の指導教員も本当に優しいひとだったんだなってわかった.
センチになって飲み会の時に泣いてしまったら
みんな驚いていた..
人間関係は恵まれて当たり前のものでは決してないと思う.
ここにこれたことで、すこし自分を肯定してみれるようになったかもしれない。
本当に感謝..



大企業内定組に
学生のままお給料がでるなんて最強の勝ち組..といわれる.
昼に出てきて何回も生協に行き,ネットサーフィン,夜は飲む..という
ダラダラの学生生活を送ると思われている感が..
税金おさめたくねーー
とか、
文科省無駄金つかうなーー
とか言われます(^з^)-☆
マリーアントワネットのきぶん(^з^)-☆
でも同時に,みんな社会に出て一人前,早く一人前にならなければ!
という意識があるから,
「あと3年か〜大変だね〜」
とよく言われる.
でも私は人生常に何かの過程でいたいと思うし,
3年後がゴールとも思わないし
結婚して子供を産むことを目標にも思わないし,,
みんなだって会社に入れば3年なんて区切りもなく,働くわけで..
つい,早く就職しなければ,結婚しなければ,子供産まなければ,子供も同じように育てなければ..
と,それらにゴールを感じさせる世の中ですが..
ゴールするための人生じゃないんだな!!と..
なんだか全然はしゃげてなかったけど
大企業内定組の方がよっぽどキラキラな4月を迎えるイメージだったけど
そんな人たちに認めてもらえる進路で
私も幸せなんだな〜〜と思った.
ボーナスでないしお給料も上がらないけどね..