Brunnensteinの日記

後期吐死課程を経て春から大学教員デビューの日常

いぬがしぬ

わたしが中学一年のころに我が家にきたポメラニアンがしんでしまいました。
14さいでした。
前日まで元気だったらしい。
わたしも一週間まえにあったとき元気だった。
なんか気づいてあげられたらまだ生きられたのかもしれない
うちにこなければもっと幸せに生きれてたかもしれない
など考えて
すごくかなしい
いろんなことをかんがえます。
高校のとき始めて飼った犬が死んだときよりは
こころが揺れない自分をかんじて、それがまたさみしい。
予算申請の書類かかなくちゃいけなくて
書きおわって先生に送信したあと
涙がでてきてとまらなくなった。
区切り区切りわーっと涙がでてくる。
一緒に住んでたらもっと悲しかっただろうなあ。
辛くなくてよかったような気もするし、そんな自分もいやだ。
死んだことわすれて日常に楽しみを見出す自分もいやだ。
しかし、鬱の悲しみと、抗いようがない運命の悲しみは質が違うとおもった。
不在を実感する後からがつらい。実家に帰ったらまた悲しくなるだろな。
死後の世界を信じたくなります。
もう二度と会えないことが恐ろしい