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Brunnensteinの日記

後期吐死課程を経て春から大学教員デビューの日常

助教公募の感想戦3:書類編 教育と研究の抱負

博士の就活

はたして教育と研究の抱負って何が正解なのかしら.

思い思いのことをかいて,自分を表現して,

相性の合う学科が自分を選んでくれればそれでいいんだと思うけど.

私は一就活生でしかないので,もちろん正解なんてわかりません.

なので上から目線で教授するようなことは何もないのですが

自分なりに工夫したことなどをかきます.

 

私は,”科学者になるということ”をテーマにした本をまあまあ集めているのですが

そのなかで

マックスウェーバーの職業としての学問

職業としての学問 (岩波文庫)

 

科学者という仕事

科学者という仕事―独創性はどのように生まれるか (中公新書 (1843))

 

という二冊の本の中で

自分の研究者になりたい気持ちをよく説明しているフレーズを結構みつけたので

内容を引用して教育と研究の抱負をかきました.

かなりいい本だと思うし,

志望動機を考える上で研究者としての意識を深められる言葉がいっぱいだったと思います.

また,引用することによって,ちっぽけに思われてしまいそうな私の思想を

箔をつけて伝えることができるかもしれないわけです.

マックスウェーバーが言うところによると・・かくかくしかじか・・

私もまさにそのように考えており,

教育or研究を行う大学教員はこれ以上ない魅力を感じる.

みたいなストーリーをくみ上げました.

なんて崇高なストーリー!

まさに研究者になるために生まれてきた人間!

だけど,これ読んで,生意気な若造,面倒くさそうな若造・・

と思われる可能性もあるのかもしれないと思いました.

就職する予定の大学では,字数制限があまりに短すぎて

マックスウェーバー云々の下りを入れられなかったのですが

むしろそのくだり無いほうがよかったのかね・・・

と思います..なぞ・・・

正直言って博士は時間ないので,わざわざこれを読んで志望動機書くってのは

勧めないかも..

 

あと研究って,かなーりちょっとした知見が得られるだけのことが多いですよね.

先人たちの研究の堆積である,教科書みたいな包括的な理解が得られる成果って

ほとんどでなくて,その結果目先のことを考えた生活になるじゃないですか.

大学の先生って,基礎教育に携わるのが魅力だと思ってます.

数学,物理の壮大な感じステキ~~☆みたいな気分って,高校~大学の基礎科目で

一番味わえることなんですよね.

それが終わったらあとは,もう実践,実学,目先の小さなテーマなわけです.

基礎数学・物理を包括的に学ぶって,科学の基幹精神に関わることで

教育という立場から,生涯その精神と共にあるってことに魅力を感じますね.

包括的に学問を見るっていうのを深めていって

その先にもっといい発想が生まれてくるのではって希望も持ってる(妄想?

まあこれは個人的な嗜好なのであって,志望動機には向かないかもしれない.

授業ってみんな嫌がるけど,私は授業持ちたいから大学の先生になりたいとこあります.

 

昔お世話になった先生に,なぜ大学に勤めたいのか?

と聞かれたときに,

マンパワーがあるから,成果を産める,と答えたことがあった.

(今のうちの先生が良く言っているので,そうなんだろうと思ってた)

そのとき,学生を自分の手足だと思っちゃいけない,と諭された.

確かに,大学の先生は,学生あっての職業なんですよね.

そんな学生思いの先生って,多くない気がするけど,

学生あっての仕事だという意識は大切だと思う.

・自分の好きなことができる,大学教員というブランド

こういう理由で教員になりたい人は多いけど,それだけだと

独りよがりに見えるかな~と思うようになった.

実際どう思っているかはさておき.

 

 

また,人生において,自分が社会に生み出せる価値とか学びって

ちっぽけなものですよね.ニュートンとかアインシュタインクラスの成果ならさておき.

教育っていうのは,自分の学んだこととか価値を,

この世に何倍にも増やせる可能性を

もっているんじゃないかってのは魅力だと思います.

(まあ自分の能力を考えると傲慢な気もしてしまうが..)

世の中には学生に超えられたくなくて,教えることを出し惜しみする

先生って結構いるとおもうんだけど

人間それぞれ一長一短あるわけで,超えられるところは超えてもらって

社会により何か生まれたほうが幸せだと思うんだな.

そんで持ちつ持たれつになりたいです。

じぶんは蠅のような存在だと思ってたのでなおさらねえ.

まあ実際そんな上手くいなかいんだろうけど…

 

あと,人生振り返ってみると

研究成果が上手く行ったことよりも

人間と人間のつながりの中で,感情を動かした経験のほうが

よっぽど心に残ってるんですよね.

ニュートンクラスの成果ならさておきね.

大学の先生っていうのは,研究もするし,

社会に出る前の人間と密接にかかわる.人間同士の交流をするよね.

会社勤めでも,人間同士のかかわりはもちろんあると思うけど

大学特有の空気は魅力的な気がする.

もちろんいいことばかりじゃないと思うけども・・

私はそういう意味で,大学の先生という職業の幅の広さはかなり魅力的だと思っている.

(しかし幅の狭い仕事をキッチリ定時にやって帰るほうが幸せという可能性もある)

 

大学や学科の校訓やポリシーをみて,それを

反映したことを書くのも大切です.

こんな大義名分をそのままブリッコに賛同するような文章

恥ずかしくてかけんわ!!

と思ってたけど,理解しようという姿勢があることを示すのが大切.

 就職予定の大学では,そこらへん必死にやったんですが

「よくうちの大学のこと理解してますね~」

と言われたので,あ~これもっと早くやっときゃよかったんだなと.

 

以上のような内容を,厳密な堅い日本語で指定字数で書いてだしてましたねえ.

・私大などは特に教育を重めに書いたほうが良い

・好きな研究だけしたい感じはNG.

 「好きな研究ができるから大学教員になりたい」は危険ワード

 気を付けて書かないとダメ. 

 (好きな研究を楽しくやれてるという意識を持つ先生はあまりいない.

  大学側は前途ある若者に好きなことをやらせてあげたいという足長おじさんではない.

  助教は雑用&教授の手足を期待されているため.協調性を警戒される.)