Brunnensteinの日記

後期吐死課程を経て春から大学教員デビューの日常

自分の才能が自分だけのものじゃないということ

 

www.huffingtonpost.jp

この記事を読んで,ああ~ほんとだな~と思った.

私は怒りとか悲しみに支配されていて,それでエネルギーがないのかも.

この記事の作者であるエリザベートギルバートという人が気になって

検索したら,TEDの動画がでてきたのでみてみた.

www.ted.com

 

創造性とは自分だけの責任とは考えないほうがいいよというかんじの概要.

研究にも同じことがいえるかもしれないなあと思った・

自分を責めながら頑張らなければと思っているわけですが,

それが精神にもよくないし

何かしら大きな成果がでたときに

私の才能なのだ,と思うのも傲慢なのかもしれない・・・

歴史上の偉大な人たちや,先生や,周りの研究者,助けてくれる人たちが

いてこその自分であるし

もしかしたら精霊とかが関係あるのかもしれない・・・

この世に自分一人しかいなかったらのたれ死ぬしかないし

すごい科学者だって,その組織の歴史と支える社会

装置を作ってくれる企業,これまでの研究の歴史あってのことだし・・

その社会は世界中の人が回していて・・

そんなこと普段考えないけど,そういう意識大切なのかもなあ.

 

学部3年の時,私は鬱っぽいし頑張れないしで,

親が心配して,イタコみたいな人のところにつれていかれたことがあった.

私は私なりに頑張ってるのに,ダメ人間だと私を決めつける親がすごい嫌だった.

非常に恐ろしい体験で,なんかあまり人に説明する気にもならないのだが

そのときイタコ的な人が私に向って

自分の才能や成功を自分だけのものだと思うな.

と言ってきたのを思い出した. 

大学受験失敗して入った大学だったし

自分の好きなことがやれない悩みなどですごい劣等感があったから

違和感を感じる言葉だった.

だけどそれでも世間的にはまあまあの大学なのかもしれないし

それでうぬぼれるなよ,と,やばい低級な霊が言ってきてんのかな?

(もしくはこのイタコ風の人が思ってることがそうなのか)

と思ってちょっと気持ち悪く思った.

公務員をを叩くニート的なかんじで言ってんのではないかと・・

どこかの宗教の信念にでもありそうな言葉だし・・・

しかし,確かにそうであるのかもな~~・・・

とこの動画をみて,今更ながら思った.

私は当時挫折につぐ挫折を経験していたわけだが

心の底の方ではものすごい尊大な自尊心があったんだよね・

当時身の回りの人のほとんどが愚かに見えてて,うんざりしてて

なんのアドバイスも響かず,ひたすら軽蔑している状態だった気がする.

(親もこんなだし.イタコ的なとこに連れていくってやばくない??)

本当は私はこんなではないと思っていたし

それは自分の全責任で,だからこそこの状況が死ぬほどつらいと.

そういうところを見ての言葉だとしたら

なんかしっくり来るかもな~..と思った.

まあもう関わりたくないんですが・・・