読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Brunnensteinの日記

後期吐死課程を経て春から大学教員デビューの日常

疲弊

学部生のころ,

私はしんどい実験をやり抜く根性があるといって

よくほめてもらえた.

上司は,「おれはもうこういう根性実験をするのは無理になってしまった」

と言っていた.

私は体力はなかったけど,起きてる時間はとにかく夢中になってやった.

良いデータのために実験を何度でもやった.

こんだけ根性があるなら,どこにいっても大丈夫,研究者になれる,

って言われていた.

 

 

しかし,今は別の先生の下について,

あの頃の何倍ものデータ量の実験をする.

何回でも容赦なくやり直しを命じられる環境で

全然ほめてもらえないどころか,色々けなされる.

先生は仕事中毒的に働き,この世のほぼすべての仕事人を見下している.

女を見下し,オバサン,ブサイクを見下して,きれいな若い女とはタダでヤリたいと思っている.

私は最初,一流の研究者になるには,圧倒的な力のある人に学びたいと思ってたけど

なんかここは変な空間です.

後輩たちと話してても,みんな先生のことが嫌いです.

先生は,精神年齢が異様に低いです.

ほめてもらうために生きているわけではないことはわかっているけど

どんどん研究室が嫌なところになっていってしまって

それでもどうにか食らいつかないと負け組だと思っていて.

だけどどんどんモチベーション下がって行って,

とてもワーカホリック的な働き方なんてできないし

いつのまにか平均以下の頑張り方になってしまっている.

でもそんなにもとから根性ないわけじゃなかったんだろーなと.

博士にきてた知り合いで,やめてしまうひとの情報をよく聞くようになってきた.

私も彼らも,特殊なんかじゃない,負け組の根性なんかじゃないんだと思う.

ここに残る人が,なんか特殊な価値観を持ってるんだなあと思う.

こわいなあ..

 

そのままアカポスを進めてくれる人は

Bruさんはぶっとび系だから一般の社会で適応できなさそう

社会の歯車とか無理そう

と言ってくれる.

私もむかし,社会の歯車になりたくないと思っていたんだけど

あの頃の感覚忘れてきてしまった.

お父さんが,つまらない企業で,つまらない仕事して

そして人生を終えていくことを,なんて残念なんだろうと思って

勝手にかわいそがって涙を流していた.

でもなんでそんなこと思ってたのかなと思えてくる.

おそらく,自分にはとんでもない才能があると信じていたからだろう.

ニュートンみたいになれると思っていたんだろう.

もしかしたら歯車でいいんじゃないかな?と今は思えてる.

どんなに才能があったって,その人の個性が社会に及ぼせる影響なんて

そんなにすごいものではない.(ニュートンクラスならさておき)

半径数メートルのの愛とか人間関係を大切にするのが人生なのかもしれない.

当時の,ふつうの人生への恐怖がなんとなくのこってて

無意味に会社人生を否定しているんじゃないかと・・・

 

社会にどれだけ影響を及ぼせるか,というよりも

自分という人間が,エネルギーを発散して,悲しくともうれしくとも

生命としての充実を得ることが重要なのだと思う.

それが成功にもつながるとおもうし.

いまの私はそれがないなあと思う.探しても仕方のないことではあるけど.

企業に行って,商品開発につながる物理の研究をして

分野も様々な大勢のライバルの中で出世競争も意識して,

いつかは管理職を目指すようになるかもしれない.

彼氏と結婚して,子供産んで,お金のための仕事と,彼氏の世話,

母親としての義務を全うしておばあちゃんになっていく.

そういう想像をして,ぜんぜんワクワクしない.

そうしなきゃいけない社会だから,頑張らなきゃいけない,と思ってる.

そんなのってどうなのかなあ.せっかく自由な社会になりつつあるのに.

私は建設系の学科に入って,授業が全然面白くなかった.

その先の仕事も,全然面白そうじゃなくて,その閉塞感が辛くてたまらなかった.

決まったルーチンをこなすための仕事に見えた。

巨大な組織の中で、既に成熟した技術を使って食ってる業界で、誰がやってもほぼおなじ仕事なんてしたくないと思った。

(もちろん会社によると思いますが、特に建設系ってそういうとこあるので。)

つまらない,平凡な安定した毎日など,拷問だと思っていた.

自分の理想とするものに向かっているという感覚が欲しかった.

こういう私の嗜好は,愚かなもので,そのうち慣れなくてはいけないものなのだろう,

しかし,私は研究に命をかけて,この閉塞感から逃れるのだと

自分に誓ったはずだった・・・

これってけっこう最近の話.

そのときの辛さがわかってるから,なんとなく企業が怖いのだろう.

例えば北斗の拳みたいな世紀末がきて,この安定した日常が崩れ去ったときには

贅沢な悩みであって,平凡な安定な生活を心から望むかもしれないけど・・・・

まだ世紀末が来てないのに,そんなことを思って安定を選ぶのは正解とは思えない・・

とにかく正解なんてないんだろうな.

愚かだから正解を選べないと思ってしまうけど,

正解なんかなくて,すべての選択には,人間が不完全だからこその理由が付随している.

だから完璧な選択なんて,後から絶対後悔しない選択なんて

望んじゃいけないのかもなあ.

 

研究に夢にあふれる,学部生や修士をみてると

昔の自分を思い出したりもする.

だけど,そんなコたちも何年かすると研究にスッパリと

見切りをつけて就職する子が多い.

いつまでも,研究たのし~なんて言ってる人なんて,

そんなにいない.いるっちゃいるけど.

ろくにできないのに私はいつまでも研究にしがみついて,

なんかおいて行かれているような気分になる時もある.

彼氏が企業企業うるさくて,

企業の良さもわかるけど

同意するとそっちにひっぱっていかれそうだし

なおさら大学を選んだ時にガッカリさせそうなので

実のある相談なんてできない.

彼氏が嫌になってくる.