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Brunnensteinの日記

後期吐死課程を経て春から大学教員デビューの日常

就任手続き

事務所類って大嫌いですけど

就任手続き書類にはなにかわくわくしますね.

大学に大学院に市役所に・・と証明書あつめて回らなきゃいけないので,めんどいんですけどね.年金手帳なんて,貰ってからずっと実家の机の引き出しにいれっぱなしです.

 

第一志望じゃなかった大学の入学手続きとか

あんま行きたくなかった企業の事務所類・・

いままでそんなのをため息交じりに,あきらめの気持ちで用意することばっかで

第一志望に受かって意気揚々な人たちが羨ましくて劣等感を感じて死にそうだった時代ありましたね.あーわたしは,そういう達成感がない人生なんだなーとすっごい打ちのめされました.東大やら桜蔭やらに受かった人はその有利な環境で更に最高のチャンスと最高の環境を手に入れるのだろう。私がこのさき何かを達成したとしても、それは二流三流の、妥協の、自己満足の喜びなのだろうとおもって絶望しました。

今思えばなんて視野が狭いのかとおもいます。

どんなに見込みがなさそうでも、諦めきれなくて不安に苛まれながらなんとか勉強やら研究の道にしがみつづけました。

挫折して挫折してこころが変形して自分に期待をしなくなったりもした。自分がキラキラした目標をもって、それを達成して、自信に満ち溢れる、ということが、もう一切ないと思えた。

そして今年は人生で始めて,自分が行きたいと思えるところに所属するための書類・・

なんと平穏で満ち足りているのでしょう・・・

私にもこんな気持ちを味わえる日がくるだなんて,生きてればいいことありますね.

ほんとに運が良かったんだなと。

こんな気持ちを味わえることは人生で全く当たり前じゃないんですね。

煩悩がいっとき満たされているだけのことなのかもしれません。この喜びって、わたしが愚かだから持つものなのかもしれません。

でも、めぐまれているなーー…と思える。

私が万が一たまたま桜蔭とか東大にストレートで通過してたら、今頃はもっと一流どころの大学やら研究所にいけないことが挫折になってたかもしれません。

いままでの挫折があるから、自分なりの目標の達成に自信をもてるのかもしれませんね。

たぶん人生で数少ない幸せな,刹那の期間だとおもいますが.

そんなことに酔ってるより、これから、ほんとの研究がやれるかのほうが大切ですね。もっともっと実質的な能力が必要です。

恵まれたぶん、神様に感謝して、わたしに良くしてくれた人たちに感謝して、恩返しできるようにしないとね。

助教でおわってしまうこともあるわけですし。

2,3月って春の予感がまじった空気感ありますよね.いつもこれ鬱になるんですが,今年は希望にあふれています.とうとうこの牢獄から解放されるのかと・・(また別の牢獄にうつるだけ・・?)ああ私にもそんな日があったんだな,と辛いときは思い出したいものです.