Brunnensteinの日記

底辺アカデミアの日常@ババア遷移領域

大学教員は地球で最も良い仕事のうちの一つ

わたしってすごい今までの人生生きづらくて大変だったんですけど

大学で働き始めてから幸せなんですよね

確実に学生時代より幸せ!!仕事のほうが楽!!!

でも世の中の人たちって仕事楽しくて幸せとかいってるひと

かなりすくないじゃないですか。

たぶん大学教員ってもっともおいしい仕事の一つですね。

これツイッターとかで言えないですね。

八割くらいの人が仕事つらいのに

私は楽しいなんて言えませんわ。

私それを中学生のときから気づいてたんですよ。

大学教員って最高すぎないか?

私がそれになれず

他の奴がそれになるのは許せない!

と思ってたんですよ。

日本の場合は給料が低いとか任期があるという問題がありますが

組織によるとおもうけど

それ以外は最高だとおもいます。

 

まず、うざい先輩に指図をされたりしません。

無能なのに数年入社が早いだけのクソ先輩に

早く来て机をふけだの、新人は始業30分前にこいだの、たるんでるだの、スライドを添削してやるから見てやるだの(むしろお前のスライドを添削してやるわ)、バレンタインはチョコレートを用意しろだの、大人しくてしおらしい女になれだの、チンコをぶちこませろだの、

くそみたいな指図を受けることはまずありません。

もちろん教授がクソな場合はそのリスクはありまふ。

組織の宗教に洗脳されることもまずありません。

私はそういうのが本当に嫌で嫌で、許せないんですよ。

バカに命令されて、従わされるのが許せない!!!

でもそんなんじゃほんとはいけないのかもしれません。

一方大学は

勝手に生きることを許されているのです。

自分の内なる神に従えばいいだけです。

これでお金がもらえるんだから、安くてもまあ仕方ない。

でもほんとは人間として乗り越えるべき苦労をスキップしてるのかもしれません。

 

社会の常識がないのが大学教員であるという常識により

常識的なふるまいを強要されることが少なく

常識的なふるまいをすればそれだけでありがたがってもらえます。

 

先生とよばれ、表面上だけでも敬った態度をとってもらえます。

大学教員になってしまえば和を重んじる集団とは別枠の存在になることができ

あの人は大学の先生だからね、、

という目で見られ

和を乱すとかマウンティングいう概念から抜けられます。

すなわちダサくても変わってても

頭がいいから少し変なのね

みたいな感じで、見下される感じではなく、許してもらえるのです。

全く頭がよくなくタダのクソ人間は沢山いるのですが

大学教員というだけで、頭がいいと勘違いしてもらえて

しかも見下されずにすむのです。

若い女というだけで、バカという前提で接されることが多いですが

そういうのもなくなります。

人からどう思われるか私は気にしてたんですな、、

ほんとはそういうのよくないですね。

見下されても、それでもストレスを感じない人間になるのがホントですね。

だってこの先ボケた老人になったら

全ての肩書きなんて無になってしまうんですから、、

老人ホームでバカにされながら死んでいくんですから、、

 

朝は用事がなければ昼ごろきても怒られないし

適当な時間にかえっても怒られません。

 

出張を自分の好きに計画することができます。

 

勝手に好きな研究をすることができます。

組織の役に立つかどうかは全く関係なく

好きなテーマをやればよく

好きな勉強会、学会にいけばよいです。

そのお金も研究費で賄えます。

 

勉強をするのも仕事です。

経費でパソコンなどを買えます。

 

大学教員って最高じゃないですか、、?

このために博士に残る価値がある、、!

博士は最悪でした、、

 

でも私が他人を特別な人間として扱わないから

私も特別な人間として扱われなかったんだろな

と今は思いますね

でもほんとー、、

ひどい人ばっかなんだもん、、

人のこと言えないのかな〜

偏屈なひとでも幸せに生きれてしまうから

偏屈なままになってしまう、それが大学という環境かもわかりません、、